シティボーイは泣かない。

古い引き出しの奥に、ずっとしまわれていた手紙のような話。

ケシの花束

夏の夕方には電信柱に月と人工衛星が墜ちる。二十歳の誕生日から二日後の夕方に蜩が鳴いていたので、バイト終わりの深夜のコンビニでタバコを買ってから、試しに吹かしてみた。1997年の夏から20回目の夏。薄手のシャツを着ていても汗が滲むような、深くて暗い熱帯夜だった。網戸から漏れる煙草の煙の先に、ひどく足の長い蜘蛛が蛍光灯の下で糸を紡いでいる。まるで、夜の闇から零れ落ちる微かな光を掬い上げるように前脚を上下しては、紡いだ糸を使ってケシの花でできた花束を作っていた。誰に渡すのかも分からぬままに。

シロスジカミキリを捕まえてははしゃいでいた2007年の夏。僕達は煙草の煙の味も知らなかったし、アルコールの味も知らなかった。ましてや、この自由な時間が終わるなんて思ってもいなかった。大きな女郎蜘蛛を捕まえては互いに戦わせて遊んでいたし、クヌギの木を見つけては、砂糖水を塗ってクワガタムシを捕まえに行った。

夏の夜には田んぼの畦道のすぐ脇を、ぼうっとした赤黒い光が横切る。さやさやと夜風に揺れる緑色の稲の上を、その光は何の音も立てず、ゆっくりと這うように進んでいく。光は痕跡を残さない。まるで昨日の夢を見ていたかのように、うやむやになって大抵は消える。今日もその光は何処に辿り着くのかも、正体も分からぬままに、暫くして裏手にある山の方へと消えていった。

シロスジカミキリは死ぬと甲殻の黄色い部分が白くなり、げっそりとした骸のようになる。

光は梅雨明けから七月の末頃までにしか現れない。八月に入り、光が現れなくなった頃。ケシの花束を作っていた蜘蛛が、五寸程の大きさになって傘に憑く。腹には白く丸々とした球体を抱え、まるで石にでもなったかのように、傘の柄から動こうとしない。剥がそうとしても、毒のある牙を向けてくるので迂闊に手を出せない。ケシの花束は蜘蛛の手には残っていない。きっと誰かに渡してしまったのだろう。蜘蛛は毎年放って置いても、夏休みが終わる頃には灰になって消えているので、そのままそっとしておくことにした。