シティボーイは泣かない。

古い引き出しの奥に、ずっとしまわれていた手紙のような話。

北の町で(2)

物語の始まりは、いつだって偶発的だ。それでいて単純だから面白い。

もしかしたら、明日は何かが始まる日かもしれない。今日は何かが終わった日だったかもしれない。街が好きだ。夜道に落ちた寒椿が、街頭に照らされているのを、ただ見つめるのが好きだ。月のない、星空だけの世界を愛している。

 新調した一眼レフカメラを首から下げて、北陸へと向かった。前日に居酒屋を嗜んだので、やや頭が痛い。日が昇りきらないうちに目を覚ました。おかげで、若干の睡眠不足も連れてきてしまった。

朝食をコンビニで買い、車窓から山の冠雪を眺めながら済ませた。ミルクティーと、ゆで卵のサンドイッチ。北陸では越前蟹が首を長くして待っているので、少し心許ないが簡素なものにした。時刻は9時10分。目的地までの道のりは長い。美しい街が見える度に、カメラのシャッターを切った。

以前、付き合っていた恋人のアパートには、今は別の誰かが住んでいる。と思う。歳が僕より2つ上の彼女の手首には、無数の傷跡があった。一番深い傷は、少しだけ皮膚から盛り上がっていた。

当時、「目に見えないもの」を彼女は恐れていたし、信じなかった。幽霊はいないと断固として疑わなかった。ガスは目に見えないからといって恐れていたし、加熱調理は基本的に全て電子レンジだった。きんぴらごぼうも肉じゃがも、電子レンジで作れてしまうのだと、僕は初めて知った。今はどうだろう。ガスコンロを使っているのだろうか。それよりも、あのアパートの裏に住んでいた、黒猫と白猫のことが気になる。二匹はまだ仲良くしているのだろうか。

大阪駅で若干の迷子になりかけながら、サンダーバードに乗り換えた。越前鉄道の改札口を抜ける頃には、13時を回っていた。越前鉄道、おもちゃ箱みたいな可愛い駅のホーム。電車に揺られながら、一時間ほどで三国港駅についた。道中、雪のまばらな山間部を抜けてきたことを、忘れてはいけない。

海沿いの小さな駅だった。木造の駅舎が風情を感じさせる。日没まで多少の時間があったので、歩いて東尋坊まで向かった。風が冷たい。

サンセットビーチに沿って、ひたすら歩いた。波は力強く、生まれ育った瀬戸内の温厚な海と比べると、荒涼としていた。眺めていると胸の奥に孤独が押し寄せてくる。足元には、ハングル文字の入ったペットボトルやら、空き缶やらが散乱していた。生まれ育った国から、自らの居場所を探して、この地の浜辺に居着いたのか。ふと、寂しさが込み上げた。

大学1年生の時に、飼っていたアカミミガメが死んだ。愛嬌のある名前をつけて、僕の部屋で飼っていたのだが、日当たりの悪さと猛暑が合間って、食欲不振になった。そしてある朝、水槽の端の方で腹を仰向けにして、浮いていた。目を開けたままピクリともせず、首がだらりと力なく垂れていた。

彼、または彼女は、一度も冬を越すことはできなかった。アパートの中庭に埋葬し、スルメイカを供えた。僕が引越しをした後、アパートは翌年に取り壊され、また新しいアパートが建った。土の中のアカミミガメは、どうなっただろうか。

到底、人が即死できるような高さではないなと思った。

崖の突端に立って、下を見下ろした。高さは体感で30メートルくらい。確実に死ねるとは思えない。むしろ、近所の高層ビルやアパートから落ちた方が安上がる。なのに、なぜ多くの人がこの土地で死を選ぶのだろう。分からないことが多すぎる。ただ、地球が長い歴史をかけて作り上げた岩肌は、皮肉な話だが、この惑星のものとは考えられなかった。沈む夕陽に照らされて、まるで別の惑星にいるような体験をした。無心でシャッターを切って、気がつけばSDカードのメモリーはいっぱいになった。

いのちの電話ボックス」の中にも入った。新約聖書が当たり前のように置かれていた。それでいて無造作に。最後にこの受話器が上がったのはいつだったのだろう。もしかしたら、昨日の事かもしれない。昨日が誰かにとっての終わりではなく、始まりでいてほしいと心から思った。ただ、思うだけでは、僕らはキリストになれない。あまりにも無力すぎる。

2015年の春、ホイッスルは突然に鳴った。

気がつくと人生がひとつ終わっていた。9年間続けたサッカーへの情熱は、たった90分の試合の中で、突如として終わりを迎えた。

翌日、授業を終えた後の何もない空虚な気持ちを、確かに覚えている。しかし、あの終わりのホイッスルは、また別の人生への始まりの合図でもあった。今ならそう思う。

翌日は雨だった。昨晩食べた蟹味噌とガサエビの味は一生忘れないようにしたい。特にガサエビは、本当に甲殻類かと疑うほどに濃厚だった。

2日目は雄島に寄った。以前からTV等で話を聞く、霊的な力の強い場所だ。僕は幽霊を信じている。僕は、あの夏に見た幽霊にまた会えるかと、仄かな期待を寄せて雄島を訪れたが、会えなかった。それはそうだ。僕は彼女の名前を知らないし、彼女も僕の名前を知らない。

島を一周して、赤い橋を渡って帰る最中、後ろから誰かに呼び止められた。気がした。あえて振り向かずにそのまま進んだ。

風が強い。今にも傘が飛ばされてしまいそうだ。女の声だった。

大人になったら、物語は始まらないのだろうか。ストーリーテラーは死ぬのだろうか。今日を生きるのが精一杯で、気がつくと遠い未来ではなく、明日のことばかり考えている。それともその逆か。はたまた両方か。どれが幸せなのだろうか。

帰り道、乗り換えで京都に寄った。

4ヶ月前に少しだけ滞在したはずなのに、相変わらず地下鉄の乗り方には慣れない。駅で右往左往しながら、やっとの思いで地上に出た。

鮒寿司が食べてみたかった。以前から話には聞いていたが、話の内容とは裏腹に、相当美味かった。風情のある路地に佇む、京料理の居酒屋。また、再び訪れたい店ができた。遠い街にお気に入りの店ができることを、僕は限りなく嬉しいと思う。

京都駅で551の肉饅を土産に買って、20時に広島行きの新幹線に乗った。

 

旅の終わりはいつも、虚しい。

新幹線の窓を見ていると、何もかもが速すぎて泣きそうになる。

明日は何かが始まる日だと嬉しい。