シティボーイは泣かない。

古い引き出しの奥に、ずっとしまわれていた手紙のような話。

三月(1)

 僕は黄色い電車に揺られながら、芝生の上に露店を出してヨーロッパ雑貨を販売する、隣街の蚤の市に向かっていた。長期休暇に入ると、僕はほとんど人と会わなくなる。といっても、ここまで人と会わないのは大学一年生の夏休み以来だ。一年生の冬には恋人がいて、その次の夏には別の恋人がいた。それからまた冬に別の恋人ができて、次の夏を一緒に過ごした。約3年の間、常に誰かと「ふたり」だった。久しぶりの誰もいない長期休暇は空虚でありつつも、自分の将来のことについて真摯に考えるのに十分な時間を要してくれるので、些か好都合でもあった。池のほとりにある小さなコテージのラブホテルを過ぎると、遠くにSF映画に出てくる月面基地さながらの工場が見えた。白煙を蜃気楼の向こう側へと勢いよく立ち昇らせている。最後に知り合いの顔を見たのは一週間以上も前だ。シェアハウスの住人は全員でグアムへ旅行に行っていたし、大学ではほとんど人を見かけなかった。春休みにもなれば、地方の片隅にあるような大学は些か空虚になる。ただ、もう1ヶ月もすれば新入生の入居が始まるので、引越し業者が忙しなく街を右往左往することだろう。春は出会いと別れの季節。つまりはそういうことだ。

 半刻ほどで最寄り駅に着いた。少し汗ばんだ左手に切符を握りしめて改札に向かう。改札からホームに向けて歩いてくる人たちを、ぎこちない足取りで避けながら歩いていると、淡い紅色に咲いた一輪のチューリップを片手に持った、ひとりの女子高生が佇んでいるのが、向かい側のホームに見えた。襟元に白い線の入ったセーラー服は、やや肌寒さの残る潮風に揺られている。卒業式だったのだろう。その手にしている一輪のチューリップは誰かから貰ったものなのか、それとも誰かに渡すものなのか。何れにせよ、あのチューリップが彼女の手もとから離れた瞬間、彼女を通じての何かが旅立つ。それは彼女自身の内にいる「少女」としての輪郭なのかもしれないし、今から次の電車で彼女の元へやってくる誰かかもしれない。

 そう考えている内に、僕の記憶の引き出しがひとつ開いた。極端なほど自然に。