シティボーイは泣かない。

古い引き出しの奥に、ずっとしまわれていた手紙のような話。

蜉蝣(2)

 今日がまだ終わらなかったので、ふたつめの日記をつけた。何故終わらなかったのか。夜勤のアルバイトがあったから。これさえ終われば、とりあえず地元で少しだけ羽を伸ばせる。3日くらい。いや、2日だったかもしれない。バイト前にお腹が空いて、昨日作ったスルメイカと鶏胸肉の甘辛煮を食べた。口の中が塩辛さで満たされて、缶ビールも1本空けた。バイト先まで1時間半はあるから、それまでに酔いは覚める。昨日、少しだけ安かったからといって買ったスルメイカ。丸々一匹買ったスルメイカ。ちょっとした贅沢のつもりで買ったのに、たった24時間足らずで消えてしまった。なんだか物足りなくて、業務用チーズを二枚重ねにしたトーストを焼いた。ベランダで食べた。昼間の月は青い。太陽はとうの昔に死んでいた。洗濯物が春風に乗って飛んでいきそうだったから、急いで部屋の中に仕舞った。リーバイスジーンズの膝が少しだけ擦れていた。両耳にイヤホンをつけた途端、ジッーっという電子音が鼓膜を通じて鳴り響いた。ジッーって。昆虫の鳴き声のようだった。午前中に見た蜉蝣のことを思い出した。彼は今夜の月が消えてしまう頃には死ぬ。僕の他に誰か彼に会った人はいるのだろうか。あの砂浜に埋めた秘密の中に、彼もそっと隠した。バイトに行く途中、駅前でベトナム人が大きめのずだ袋を抱えていた。ずだ袋の口からは溢れんばかりの緑色の植物が顔を出していた。その光景をじっと眺めていると、実家からLINEが来た。煩わしくなって適当に返信し、アプリを閉じる。それから閑散としたバス停で、賞味期限切れのお茶を飲み干した。Tumblrを開いて読む。ずっと応援していたブロガーさんが作家になっていた。彼女の夢が叶った。いつか直木賞を取ると意気込んでいる。もしも、彼女が小説を出したら、真っ先に買いたい。月はいつの間にかこの街から消えていた。昼間の蜉蝣が死んだ。