シティボーイは泣かない。

古い引き出しの奥に、ずっとしまわれていた手紙のような話。

蜉蝣

今日はずっと追っかけている作家さんの画集を買いに行くために、いつもより早起きをした。出発の時間の1時間前に起きて、やかんに火をかけ、ベランダの手摺にもたれかかって煙草を吸った。ピッーっとお湯の沸いた音が、窓の隙間から春風に乗って隣街まで飛んでいった。紅茶を沸かして、昨日の夜に焼いたホットケーキを食べた。まだ夜の味が少しだけ残っていた。さあ、今から出かけるぞって時に限って、お日様が消えた。小雨が降り出した。急いでバス停まで走った。傘は持たない。きっと直ぐに止む。余計な手荷物は少ない方がいい。バスの中でも部屋の中でもひとりだった。車窓の景色と、イヤホンから流れる尾崎豊がそぐわない。一日がこれから始まるっていうのに、もうすぐ終わってしまうような気がする。昨日の夜は履歴書を書き直した。エントリーシートを2枚ほどインターネットで提出した。文字で埋め尽くされた、たった1枚の紙切れで、自分の過去が全て完結した。たった200文字たらずの文章で、自分のことを全て語ってしまった。たったそれだけと1枚の顔写真で、自分の説明書ができてしまった。バスはひとりの人間のために終点まで向かう。雨が止んだ。過去から持ってきたようなバイクを荷台に載せた、1台の白い軽トラとすれ違った。車窓に1匹の蜉蝣が止まった。まだ今日が始まっていないのに、僕は日記をつけた。