シティボーイは泣かない。

古い引き出しの奥に、ずっとしまわれていた手紙のような話。

2019-03-01から1ヶ月間の記事一覧

蜉蝣(2)

今日がまだ終わらなかったので、ふたつめの日記をつけた。何故終わらなかったのか。夜勤のアルバイトがあったから。これさえ終われば、とりあえず地元で少しだけ羽を伸ばせる。3日くらい。いや、2日だったかもしれない。バイト前にお腹が空いて、昨日作った…

蜉蝣

今日はずっと追っかけている作家さんの画集を買いに行くために、いつもより早起きをした。出発の時間の1時間前に起きて、やかんに火をかけ、ベランダの手摺にもたれかかって煙草を吸った。ピッーっとお湯の沸いた音が、窓の隙間から春風に乗って隣街まで飛ん…

黒猫

「ずっと昔から一緒にいたみたいだね」 横を並んで歩きながら、静かに呟いた。少し雨に濡れた石畳の階段を歩く。水たまりに浮かんだ桜の花びらを、靴のつま先で触れながら、ゆっくり進む。 海辺の寂れた商店街を見下ろせるお寺の境内、赤い首輪をつけた黒猫…

普通

障がい者雇用施設での宿直のアルバイトを始めて半年が経った。 半年前は塾講師をしていたのだが、急にシフトの連絡が来なくなり、自然消滅というカタチで契約を破棄することになった。次のアルバイトを探すために市内の求人という求人を漁った。ただ、どの求…

ドアノブ

ここ一週間くらいの間は、イベント運営のためにあちらこちらを駆け回っていた。ようやっとの思いで仕事を片付け、水曜日の明け方に隣街の自宅まで帰った。一週間ぶりだ。早く風呂に入って寝てしまいたい。 冷たい鉄製の階段を上り、ドアを開けようとしたのだ…

犬(1)

犬がいる。 駅前から少しばかり歩いたスーパーの前に犬がいる。 薄汚れた犬。犬種は分からない。いつもたった1匹で座り込んでいる。 人が通ると決まってビクビクしている。 初めてその犬に会ったのは、駅前の居酒屋まで恋人を送った帰り道だ。冬の寒空の下、…

19時間前は木漏れ日の下、野鳥たちの囀る森の中にいたのに、今は都会のコンクリートジャングルの中にいる。眠らない街、渋谷。夜行バスは有り得ないほどに早朝に目的地へと到着するので、適当に忠犬ハチ公前までメトロに乗って出てきた。携帯をフルまで充電…

本当は全然シティボーイなんかじゃない

自分が都会に住もうと思うなんて、3年前は考えつきもしなかった。どこか遠くの田舎の街で、好きな人と幸せに暮らしていくと思っていた。本当は全然シティボーイなんかじゃない。人口50万人弱の地方中枢都市で生まれて、人口10万人強の田舎の港町に移り住んだ…

三月(2)

3年前の春のこと。3月1日卒業式。僕は絶対に泣くまいと心に誓っていたのに、いざ教壇に立つと、感情の蓋は簡単に外れてしまった。動悸が激しくなり、涙が目から次々とこぼれ落ちた。その時の僕はみんなとは違って、まだ進路が決まっていなかった。 * 特…

三月(1)

僕は黄色い電車に揺られながら、芝生の上に露店を出してヨーロッパ雑貨を販売する、隣街の蚤の市に向かっていた。長期休暇に入ると、僕はほとんど人と会わなくなる。といっても、ここまで人と会わないのは大学一年生の夏休み以来だ。一年生の冬には恋人がい…