シティボーイは泣かない。

古い引き出しの奥に、ずっとしまわれていた手紙のような話。

ドアノブ

ここ一週間くらいの間は、イベント運営のためにあちらこちらを駆け回っていた。ようやっとの思いで仕事を片付け、水曜日の明け方に隣街の自宅まで帰った。一週間ぶりだ。早く風呂に入って寝てしまいたい。

冷たい鉄製の階段を上り、ドアを開けようとしたのだが、ドアノブがとれてしまっていた。まずい。このままでは家の中に入れない。横には何故か最近仲良くなったばかりの友達がいた。お前の家はこっちじゃないだろう。と思ってはいるものの、今はそれどころではない。ドアノブがないことのほうが問題だ。ドアをノックしても答えはない。そりゃそうか。

試しにドアを思い切り押してみた。意外にもドアはするりと開いた。ドアノブとは一体何のためにあるのか。あまりにも無意味すぎる。

部屋に入ると、ヘッドホンをした髪の長い女がいた。隣の部屋でテレビを前にして座り込んでいる。女はこちらに気づいていない。なるほど。ヘッドホンをしているから、ドアをノックしても気づかないわけだ。どこかで見たことのある後ろ姿なのだが、どこで見たのか思い出せない。

いやまて。自分の家は六畳一間のはずだ。ましてやテレビなどない。ここは自分の家ではない。それなのに知っている家な気がする。匂いも雰囲気も間取りも。どこか懐かしいような、不思議な気持ちだ。髪の長い女はまだ座っている。友達はまだ横にいる。

どうやら帰る家を間違えたらしい。ドアノブがとれていたのは、外部から何者かを入れないためだったのだろう。勝手にずかずか上がりこんで申し訳ないことをしたな。横にいた友達と顔を見合わせて、ドアをそっと閉めた。涙袋が可愛らしくて、色白で綺麗な顔立ちをした子だ。ドアを閉めるときに、スリッパがちらりと見えた。髪の長い女は最後まで振り返らなかった。振り返って欲しくなかった。顔を見てしまえば全ての答えが分かるだろう。

それから、よく知っている緩い坂道を、友達と二人して歩いて帰った。いつもは猫の夫婦がいるはずなのだが、今日はいない。時刻は十一時を過ぎていた。平日なので、テレビをつけると「ノンストップ」が半分くらい終わってしまっている時間だ。しばらく歩くと、友達はいつの間にか家に帰っていた。消えてしまったと言ったほうが正しいのかもしれない。去り際に何かしてしまった気がするのだが、思い出せない。思い出せないことが多すぎるな。きっと疲れているんだ。早く風呂に入って寝よう。

目が覚めたのは昼の十一時を過ぎたあたりだった。「ノンストップ」は半分くらい終わっていた。

 

Mar 16th 2017 tumblr