シティボーイは泣かない。

古い引き出しの奥に、ずっとしまわれていた手紙のような話。

男たち

風が結婚した。

成人式の日、そんな話が突然出てきた。

「風って、中学の時の?」

別に疑うつもりはなかったのだが、僕はビールグラスを手に持ったまま、反射的に聞き返してしまった。

「そうやで。結婚して、もう娘もおるらしいけん。」

「そっかあ。もうそんな時期なんや。っても少し早すぎる気もするなあ。」

僕はため息交じりの返答とともに、ビールグラスをそっとテーブルに置いた。

成人式の後、僕たちは同窓会から逃げ出し、幼馴染同士で温泉街の居酒屋に来ていた。地元の瀬戸内海で採れたセミエビがこの日のメインで、背中をカニスプーンで掘り返しながら食べた。祝日の温泉街さながら、周囲の席には浴衣を着た観光客ばかりが目立つ。僕たちは少しばかり浮いている気もした。今頃、街の中心部にあるアーケード街の居酒屋では、地区を越えて新成人たちが続々と集まっていることだろう。どの店にも顔馴染みがいて、道をすれ違うたびに互いに抱擁し合う。僕たちは何故かそこへは行かなかった。

風とは小学校からの付き合いだった。活発な少年で、弟想いの長男坊。住んでいる家も近所で、地区の同世代の子たちと共に、よく公園で遊んだ。それなりに喧嘩もした。ただの口喧嘩の時もあれば、互いに殴り合いの喧嘩をした時もあった。おそらく、五分五分だったと思う。地区の子達と同様、同じ中学に進み、同じサッカー部に入った。僕はサッカー経験はあったが、風は未経験者だった。入部早々のポジション決めで、体格の良かった風はGKになり、足の速かった僕はFWになった。

風と僕、それから昔馴染みの友達たちは、沢山やんちゃもした。はっきり言ってしまえば、相当な悪行も積んだ。道で拾った財布の中身だけを取り出して、後は防波堤から海に投げ捨てたり、自転車の荷台に打ち上げ花火を括り付けて走り回ったりした。他にも、学校からの下校途中にあったお酒の自動販売機で、缶チューハイを買っては、みんなで飲みながら帰った。灯油をかけたブラックバスに火をつけ、自転車からぶら下げて池の周りを走った。無茶苦茶だった。あの頃の僕たちは本当に無敵だった。怖いものなんてなかった。防波堤からジャージで海に飛び込んでも、釣りをするための島へ渡る渡船に無賃乗船をしても、僕たちを止めるものは何もなかった。ただ明日の部活が面倒臭いことや、定期テストで赤点を取った時の罰走を除いては。

風と完全に連絡を取らなくなったのは、中学3年の半ば頃だったと思う。

彼は部活を辞めていた。彼は中学2年の頃に、顧問との折り合いが悪くなった。その頃からお互いに疎遠になり始め、彼が部活を辞める頃には会話はほとんどなくなった。まだ自分でも疎遠になった原因はよく分からない。学年が変わった頃には、学校ですれ違う際の挨拶程度になっていた。

それから、確か中学3年の夏頃、風は少年院へ入れられた。担任の先生に殴りかかり、それが大ごとになって警察沙汰にまで発展したのだ。僕は風とは別のクラスだったので、実際に現場を見たわけではない。ただ、授業中の廊下がやけに騒がしかったことと、鳴り響くパトカーの音だけ覚えている。

「まあ、幸せそうで良かったよ。」

幼馴染みは、煙草の煙を吐きながらそう言った。

そうだよね。その一言に尽きる。たとえ過去に過ちを犯していたとしても、それを償うのは自分だ。人生の答えが絶対に導き出せる方程式なんて、まずないだろう。もう何かを与えられるような歳でもないし、防波堤から海に飛び込むこともできない。ただ、少しずつでも前を向いて進むしかないんだろうね。