シティボーイは泣かない。

古い引き出しの奥に、ずっとしまわれていた手紙のような話。

海辺の街で

生まれて初めて太平洋を見た。

 

 冬はもうすぐそこまで来ている。それなのに、11月の江ノ島は少し春の陽気を感じられるくらいに暖かく、沖にはヨットを出してセーリングに勤しむ人たちと、近くの浜ではサーフボードに身を委ねて良い波が来るのを待っている人たちとで賑わっていて、まさに三連休の最終日と呼ぶにふさわしい日曜日だった。江ノ島のシーキャンドルから眺めた水平線は、どこまでも果てしなく続いていて、自分が生まれ育った海とはまるで違っていた。波は強く勇ましく、それでいてどこか温もりを感じられる繊細さも含んでおり、長い年月をかけて侵食された岸壁が、言わずもがなそれを物語っていた。

  ふと、2015年の夏の或る出来事を思い出した。高校の近くにある空港に隣接した公園での話。寂れた公園。彼女は制服姿でブランコに座ったまま、少し寂しそうに口を開いた。

「デザイナーになって食べていけるん?」

「それは分からん。分からんけど、自分の将来の夢やけん挑戦したいけん。」

「そう、頑張ってね。」

「Mは?卒業したらどうするん。」

 そう聞いた時、近くの空港で飛行機が飛び立った。会話はあまり弾んでいなかったので、いっそこのままエンジンの音にかき消されて、終わってもいいかなと同時に思った。

「そうやね、うちはお金ないけんね。やけん、ずっと地元に残ると思うよ。本当は奈良にある美大に行きたかったんやけど、今からじゃ遅いし。普通に進学するって感じかなあ。やけん、少しIが羨ましいな。」

「そうかあ。元気でな。」

 まともな返事は一切できなかった。その後、途切れ途切れに話はした気がするけど、あまり覚えていない。残っているのは、これからも友達でいようという口だけの約束と、最後に号泣していた時のあいつの顔。

 

 その後、あれから一度も話していない。卒業してからは顔も見ていない。今年の春に同窓会があったのだけれど、もともとそういうのが苦手なので行かなかった。あいつは行ったのかなとか思ったりもしたけれど、考えてみればあいつもそういうの苦手だったよなと思い出した。昔と変わっていなければの話だけれど。

 江ノ島を一通り観光した後、江ノ電に乗って鎌倉まで赴き、帰りに横浜の赤レンガ倉庫の辺りを散策した。横浜についた頃にはまだ夕方だというのに薄暗くなり始めていて、風もやや冷たくなっていた。昼間はいくら暖かかったといえども、冬はもうすぐそこまで来ていると改めて実感した。今まで見たことないような高いビル群に圧倒されながら、アスファルトに固められた港の辺りを歩いた。ウォークマンを耳につけてランニングをする人。厚手のダウンジャケットを着込み、釣りに勤しむ人。ベンチで互いに身を寄せ合うカップル。行き交う人々とすれ違いながら、見知らぬ土地を歩いた。東京湾には三連休の終わりを告げるように、ゆっくりと夕日が沈んでいった。

 あの時、自分はどう考えていたのか、何を感じていたのか。もうとうの昔に忘れてしまった。ただ、残っているのは少しの後悔と多めの罪悪感。これだけは一生消えることはないだろうし、忘れてはいけないとも思う。

 

 限られた人生の旅路の中で、人と人とが「今」を共有しあい、互いに理解し合えることは奇跡に等しい。たとえその「今」が、一瞬だろうと永遠だろうと。だからこそ、できる限りこの「今」を続けていたい。終わりなんて来ないと信じていたい。